徒然な風の場所―「夢見石の庭」 

徒然と日常なり、夢の出来事なり、TVの感想なりと日常の中の不思議をつづっていくブログです。よろしくお願いします。季節凪がささやかにどこかで

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名をつけるということ

今日は文化祭実行委員会の全体ミーティングと部署の飲み会でした。

大学の文化祭実行委員会というのは部署ごとに分かれていて、わたしはその中で運営部門というところに籍をおいています。

部署ごとの飲み会というわけで、運営部門全体での大体50人くらいの飲み会、場所はたこ八というところ。

率直な感想としては美人は得をするんだなぁと、思いました。
とゆーか、最近、文学部のヒトとばかり交友が広がっていくよ~、何故なのかしらん。

別に悪い事ではないです。きっと


「名前をつけるということ」

それの用途を限定するという事、性質を定める事、限界を定めてしまう可能性をもつこと。
だから、昔の人は、化け物と思っても、そう呼ばずに、よく知られているところでは、お客さんとそう人外の何かを呼び名さしめたのだそうです。

化け物と呼んだら、その性質に呼応したものになってしまうから。

彼らの性質が、本来は悪でも善でもなく、それらの価値規範が人間の都合で作られた事を自覚しながら、人外の何かと隣りあわせで暮らしてきた。

お客さん

ここではないところから来た何かへの呼称。
ある種の線を相手との間にひく。

そして、精一杯のおもてなしをして、帰して差し上げる。
それが、人々の対応の仕方

長い歴史から学んだ
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